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センドラタリ

バリ島には本当に様々な芸能があって、踊りも踊り一つに限りません。

歌やセリフのあるドラマ仕立ての演劇もあれば、踊り手は喋らずに語り手がつく演劇もあります。

後者を「センドラタリ」と呼ぶのですが、ありがたいことに、ご縁あってこのセンドラタリに2013年から関わることができています。

初めてセンドラタリに出演したのは2013年の6月、バリ島での芸術祭(PKB)でした。

指導してくれたのは留学初期からお世話になっているパルティニ先生。

パルティニ先生の各国のお弟子さんが集まり、芸術祭に出場しました。

その中でセンドラタリがあり、そこで出演したのが最初でした。

パルティニ先生はセンドラタリの中でも一番よく上演される、「ラマヤナ」の王子役(ラーマ王子)の踊り手としても有名な方です。

先生の指導からは、先生がこのラーマの役を愛していること、センドラタリを愛していること、バリ島の文化や芸能を愛していること、、、

役への情熱と愛情をとてもとても感じました。

この「センドラタリ」というのは普段の踊りとは全く別の「生き物」だと感じています。

ガムランの演奏があり、語り手があって、踊り手が存在する。

どれか一つ欠けては成り立たないし、毎回色々な変化がある。だから、「生き物」。

踊りも普段の踊りの型とは少し違くて、「踊り」でもなければ、「踊ってない」わけでもない。

その空間の中で普段の踊りの基本姿勢をしてしまっては、浮いてしまう。

かと言ってただ立っているだけでは、そこだけ何のエネルギーもない空間が生まれてしまう。

演奏、語り、踊り。3つのエネルギーが充満している空間は、本当に「生き物」です。

どう動いていくか、その場にならないと分からないことも沢山。

感じ方は人それぞれだし、その表現方法も人それぞれ。

とっても奥深くて、何が正解というのもない世界。

だからこそ、自分か何を表現したいか、何が一番心地いいのかをじっくりと考えさせてくれます。

そこに向き合うのはとてもエネルギーを使うしちょっと疲れてしまうことも多々あるけれど、

向き合えば向き合うほど、答えをくれるし、引き出しを増やしてくれる。そんな気がしています。

パルティニ先生によく言われた言葉は、

「色んな踊りを踊れるようになったら、”今自分がどんなキャラクターを演じているか”をよく考えなさい。」

という言葉でした。

この言葉を初めて聞いたときはまだセンドラタリには挑戦していなくて、踊りを習っていた時でした。

その時もこの言葉は随分と心に響いたのですが、今の方がもっともっと心に響くような気がしています。

とても優しくて、一つ一つのキャラクターを愛する事の出来る先生だからこその言葉だなと思いました。

私は昔のバリをこの目で見ることは出来ないし、当時の踊り方もこの目で見ることは出来ません。

もしかしたら現在の踊りは昔の踊りと随分変わっているかもしれない。

でも、時代が変わっているのも事実。形が変化していくのは仕方のない事かもしれない。

だからこそ先生からの言葉だったり、踊りのキャラクター設定だったり、創作の過程だったり、

そういった「ずっと大切にしていくもの」「自分が大事にしていきたいと思うもの」をどんどん深めていきたいです。

一番シンプルな部分はきっと今も昔も未来も、変わらないのだと思います。

最近読んでいる本がとても面白くて、その本の中にこんなフレーズがありました。

「人生とは発見ではなく創造のプロセス。

 自分が何者であるかを知ろうとするのはやめて、何者になりたいかを考え、そうなろうと決意して努力する事」

これはセンドラタリにも踊りにも、いや、全ての事に共通するなぁ…と思いました。

役作りも、ただその役を知って演じようとするのでなく、

知ったうえで自分でどうしたいか、どうなりたいかをよく考えて、そうなろうと決意する事。そして努力する事。

「決意する」という部分が意外と見落としがちだけど、すごく大事なのかも、と思う。

その過程で思い悩むことも多々あるけれど、やっぱりこのセンドラタリという芸能にふれる事が出来て、幸せだと思います。

本当に本当に奥深いけれど、これからもじっくり向き合っていきたいです。

先生から頂いた言葉の数々が、時間が経てば経つほど自分の中で深みを増していくようでありたいと思います。

センドラタリの指導をしてくれているパルティニ先生。さりげない動き一つ一つに魂がこもっている先生の動きは忘れられません。

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